サーチュイン遺伝子とエピゲノムと老化
老化については、わかっていない部分も多いですが、解明されつつある部分もおおくあります。
そのなかで、サーチュイン遺伝子やエピゲノムは、もっとも注目されているトピックの1つです。
サーチュイン遺伝子とは
サーチュイン遺伝子(Sirtuin)は、老化や寿命に対してとても重要な役割を果たすとされる遺伝子で、「長寿遺伝子」とも呼ばれています。サーチュイン遺伝子が活性化することで、寿命が延長される可能性があることから、サーチュインが注目をあつめる研究分野の1つになっています。
サーチュイン遺伝子は哺乳類では7種類が見つかっています。7種類のサーチュイン遺伝子を総称して「サーチュインファミリー」と呼ばれています。7種類のサーチュイン遺伝子は、SIRT1、SIRT2・・・SIRT7と順に番号が振られて名付けられています。
サーチュインファミリーのうち、特にSIRT1(サーティワン)が重要だと考えている研究者もいます。SIRT1はインスリンの分泌、糖や脂肪の代謝、記憶や運動、老化や寿命のコントロールにふかく関係しているとみられています。
サーチュイン遺伝子が活性化することで、老化を防いで寿命を延長することができるのではないかと考えられています。
サーチュインの働きについて
サーチュインが注目されている理由の1つは、サーチュインが活性化することでDNAの修復がすすむと考えられているためです。
そこで、サーチュインとDNAの修復がどのように関係しているかみてみます。
まず、ひとことで細胞といっても、内蔵、脳、皮膚、神経など、細胞にはさまざまな機能がそれぞれにあります。
あたりまえではありますが、たとえば脳細胞ならずっと脳細胞として機能してもらう必要があります。
あやふやな細胞にいつのまにかかわってしまっては困ります。
ですが実際には、加齢にともなって細胞があやふやな細胞に変化して機能が低下していき、これが老化だと考えられます。この老化を防ぐためには、いつまでも劣化することなく細胞1つひとつがただしい情報をもっている必要があります。
加齢にともなって、自分がなんの細胞だったかがあやふやになっていきます。
あやふやになってしまったDNA情報を修復するようにはたらくのがサーチュインです。
サーチュインがDNAの修復をたすけて、それによって細胞が本来の機能をとりもどしてわかわかしくいられるというわけです。
研究では、サーチュイン遺伝子の活性化によって記憶力、運動持久力、代謝などが向上すると報告されています。また、サーチュインは、加齢にともなうおもな疾患(糖尿病、心臓病、アルツハイマー型認知症、骨粗しょう症、がんなど)の発症を防ぐと考えられています。
サーチュインが活性化することでDNAが修復されて、細胞が若返ることで全身の細胞が正確に機能するようになると考えられます。
エピゲノムと老化
サーチュイン遺伝子、レスベラトロール、NMNなどの研究でよく知られるデビッド・シンクレア教授は、老化はエピゲノム情報の喪失だと提唱しています。ここでは、このシンクレア氏の提唱する説をもとに細胞が役割をわすれるしくみや老化について考えていきます。
デビッド・A.シンクレア
ハーバード大学医学大学院で、遺伝学の教授として終身在職権を得ている。同大学院のブラヴァトニク研究所に所属。ほかにも、ハーバード大学ポール・F・グレン老化生物学研究センターの共同所長、ニューサウスウェールズ大学(オーストラリア・シドニー)の兼任教授および老化研究室責任者、シドニー大学名誉教授を務めている。
シンクレア氏は、老化の進行はエピゲノム情報の喪失だと提唱しました。
エピゲノムは、かんたんにいうと、DNAのどの情報を読み取ればいいかの情報のことです。
どの細胞のDNAもおなじ遺伝情報をもっています。つまり、脳細胞も皮膚細胞もDNA情報自体は共通です。
DNAは図書館におさめられているすべての本にたとえることができるでしょう。図書館の本には、脳細胞のつくりかた、皮膚細胞のつくりかた、その他あらゆる情報がふくまれています。この図書館にあるすべての本のなかから、どれを読めば脳細胞の情報が得られるのかを示しているのがエピゲノムになります。
エピゲノムは、DNAすべての情報から必要な情報がどれであるかを教えるための情報です。
このエピゲノムが加齢によって劣化していくと、細胞の機能が衰えていくとシンクレア氏は考えました。
ですからエピゲノムを修復すれば、細胞の機能が若返って、全身がただしく機能するようになります。
車の部品をつくる工場がふるくなって劣化していると、できあがりの車の品質が下がってしまうことに似ています。
あるいは、車の設計図がふるく汚れてしまって、読み取れない部分があることで車の品質が下がるようなものです。
老化とは、エピゲノム情報がどんどん失われて、ただしく細胞をつくることがむずかしくなった状態と考えることができます。
エピゲノムとは
さきほどは、エピゲノムを設計図や図書館にたとえました。
ここでは、もうすこし具体的にエピゲノムとはどういったものなかをみていきます。
エピゲノムとは、DNAからどの遺伝情報を使い、どの遺伝情報を使わないかの情報をあたえてくれるものです。
エピゲノムは、DNAやヒストンと呼ばれるたんぱく質とふかく関係しています。
DNAのなかで、どこを読み取り可能にしてどこを読み取り不可能にするかがエピゲノムによってきまっています。
順をおってDNAとエピゲノムの関係をみてみます。
細胞のなかにある細胞核にDNAがあります。
DNAにはあらゆる遺伝情報がふくまれています。
肝臓の細胞でも、皮膚の細胞でも心臓の細胞でも、どの細胞であってもすべておなじDNAが入っています。
心臓のDNA、皮膚のDNAという個別のDNAがあるわけではありません。
このままだと、遺伝情報を受け取っても、自分が脳細胞なのか心臓の細胞なのか皮膚細胞なのかなどが判別できません。
DNAはあらゆる遺伝情報をふくんでいますから、DNAの情報だけだと、なに細胞にもなれる可能性があります。
それでも、実際には、心臓、肝臓、皮膚、脳などそれぞれべつの細胞が体内で維持されています。
ここに関係しているのが、エピゲノム情報です。
エピゲノムは、DNAの配列で決まる遺伝情報以外の情報です。
DNA配列情報それ自体ではなく、遺伝情報をどうやって活用するのかを示す情報といえます。
たとえば、全部で約2万種類ある遺伝子のうち、筋肉で使われている遺伝子は20%程度と推定されています。
筋肉に必要な20%の情報を読み取り可能にしておけば、筋肉の細胞にとっては十分です。また、不要な80%の情報が読み取り可能になっていると、筋肉細胞になることを困難にしてしまうともいえます。情報に過不足があると、筋肉細胞が混乱してしまいます。
DNAから読み取るべき情報
脳細胞が脳細胞として維持され、皮膚細胞が皮膚細胞として維持されるのはエピゲノムのおかげです。
DNA情報全体のうち、脳細胞に必要な情報を読み取り可能にして必要のない情報を読み取り不可能にしていることで脳細胞が維持されています。
脳細胞を維持するには脳細胞に必要な部分のDNA情報が読み取れる必要があります。
DNA情報全体のうち、ここを読み取ってここを読み取らないようにしてくださいという情報がエピゲノムということになります。
このしくみがエピジェネティクスと呼ばれています。
エピゲノムによって、心臓には心臓に必要な情報が読み取り可能になっていて、脳には脳に必要な情報が読み取り可能になっています。
エピゲノムはなにで決まっているのか
エピゲノムは、DNA情報の読み取り可能/不可能を制御している情報ですが、その情報は具体的にどういうしくみで成立しているのでしょうか。
つまり、読み取り可能部分と不可能部分をどうやって制御しているのでしょうか。
それは、DNAのからまり方が関係しています。
からまり方について説明するために、DNAがどんなものか見てみます。
DNAはらせん構造をしていて細長いヒモのような形態をしています。
この線状のDNAは、ヒストンという糸巻きのような円柱状のたんぱく質に巻きついています。
さらにヒストン同士があつまってクロマチンとよばれる構造を形成しています。
クロマチンがさらに折りたたまれるようにあつまって染色体を形成しています。
そして、この染色体が細胞核におさまっています。
このようにして、1本のDNAはヒストンに巻きつき、ヒストンはかたまりになってクロマチンを形成して、クロマチンが最終的にさらに折りたたまれるようにして1つの染色体を形成しています。
このため、1つの染色体は引き延ばせば1本のDNAとヒストンというたんぱく質にわけることができます。染色体はほどいていくと1本のDNAです。
細長い糸のようなDNAがヒストンに巻きついてさらにヒストン同士があつまってクロマチンになっています。このときの巻きつき方によって、DNAの読み取り可能/不可能が決まっています。
老化はエピゲノム情報の喪失
分裂したばかりの細胞に対して、どんな種類の細胞になればいいかをエピゲノムは教えてくれているといえます。
もし、エピゲノムがなかったら、あたらしく生まれた細胞は、自分がなに細胞になっていいかわからなくなって、しだいに組織や臓器は機能を失っていくことになります。
細胞分裂でエピゲノム情報がコピーされるたびに、つまり年をとるごとにエピゲノム情報が劣化していくことが老化だというわけです。
加齢にともなって、エピゲノム情報が劣化して、DNAのどの情報を読み取ってどの情報を読み取らないようにするかがあいまいになっていく現象が老化だと考えられます。
そして、読み取りの可能/不可能の情報劣化はクロマチンの巻きつきが劣化していくことによって起こります。
サーチュイン遺伝子の活性とエピゲノムと老化
老化は、加齢にともなってエピゲノム情報が失われることで、細胞機能も徐々に失われていくことだと考えられます。
このエピゲノム情報は、DNAがどのようにヒストンに巻きついているかできまっています。
加齢によってこのDNAの巻きつき方が変化して、もともとの情報が失われてしまいます。
ここでサーチュイン遺伝子の登場です。
サーチュイン遺伝子が活性化されることで、劣化してしまったDNAの巻きつきを修復してくれることが期待されています。
これが、注目されているサーチュイン遺伝子と老化の関係です。
サーチュイン遺伝子が長寿遺伝子といわれているのは、サーチュイン遺伝子が活性化することでエピゲノム情報が修復されることからです。
サーチュインなのかサーチュイン遺伝子なのか
サーチュイン遺伝子のことを調べていると「サーチュイン」と「サーチュイン遺伝子」の両方が出てきます。
基本的に、サーチュイン遺伝子は遺伝子のことを指して、サーチュインはサーチュイン酵素のことを指します。
ただ、サーチュイン遺伝子のことをたんにサーチュインとして説明している場合もあり、その場合は、文脈から判断するしかないようです。
また、説明する人によっては、そもそもサーチュインとサーチュイン遺伝子を区別していない場合も、なかにはあるようです。
サーチュイン遺伝子とサーチュイン酵素をとくに区別せずに説明できることについてはサーチュインと表記されることがあります。
サーチュイン遺伝子からサーチュイン
サーチュイン酵素は、サーチュイン遺伝子から生まれます。
DNAであるサーチュイン遺伝子からRNAを経由してサーチュイン酵素になります。
つまり、サーチュイン遺伝子は、サーチュイン酵素を生み出す設計図の役割をしているといえます。
サーチュインの働きには抗老化や炎症を抑える働きなどが知られていますが、一般に、この「サーチュインの働き」という場合は、サーチュイン酵素を指していると考えていいでしょう。
サーチュインとアンチエイジングのまとめ
DNAにはあらゆる遺伝情報がふくまれている。
そのため、状況に応じて、必要な情報と不要な情報を区別しておく必要がある。
必要な情報は読み取り可能にしておき不要部分は読み取り不可能にしておく。
読み取り可能/不可能は、DNAがヒストンというたんぱく質にどのように巻きついているかできまる。
読み取り可能/不可能を決めている情報をエピゲノムと呼んでいる。
加齢にともなって細胞分裂を繰り返していると、エピゲノムが劣化して読み取り可能/不可能があやふやになる。
DNA情報のどこを読み取っていいかわからなくなって、細胞機能が低下していく。これが老化の現象と考えられる。
サーチュインは、SIRT1〜SIRT7まで見つかっている。
サーチュインは、DNAがただしくヒストンに巻きつくように修正してくれる。
DNAがただしくヒストンに巻きつくと、エピゲノム情報が回復する。
エピゲノム情報が回復すると、細胞がただしく生産されて適切に機能するようになる。
こういったことから、サーチュイン遺伝子の活性化によって老化防止、若返りが実現できるのではないかと期待され、さかんに研究がつづけられている。